デス・オーバチュア
第132話「エレクトリックデビルパレード」



エレクトリックデビル。
すなわち、ダルク・ハーケンとは電気の悪魔である。
彼の持つエレクトリックギター(楽器)は電源を必要とするため、自ら電気を発生させられる彼にしか使えない、まさに彼専用、彼のためだけにあるような武器だった。
もっとも、魔黒金(まこくきん)という魔界最高の物質で作られたこのエレクトリックギターはあくまで彼の趣味の象徴であり、彼の武器は他にも多数存在する。
何より、彼の一番の武器はその外道とも言える悪質さと容赦の無さだった。



「ヒャハハハハハハハハッ!」
仰向けに倒れているタナトスの前で、ダルク・ハーケンは楽しげにギターを掻き鳴らした。
「安心しな、体に風穴は開けてないぜ、死体と犯る趣味はないんでな!」
倒れているタナトスの貫かれたはずの左胸には穴は無い。
エレクトリックバンカーは物質としてではなく、あくまで電気エネルギーとしてタナトスの体を貫いたのだった。
一言で言うなら、強烈な電気ショックを叩き込んだのである。
「て言っても、無傷なまま感電死しちまったか? まあ、その気になりゃ跡形もなく体を灼き消してやるこすらできたんだが……それじゃあ、楽しみがないんでな」
ダルク・ハーケンは、ゆっくりとタナトスの胸に右手を伸ばした。
「まあ、オレ様は本来、天使しか『喰わない』グルメなんだが、特別に喰ってやるよ」
天使喰いのダルク・ハーケン。
彼は天使を犯し殺す……『喰らう』ことで、その力を奪い、力を増すことができる悪魔なのだ。
天使喰いという異名は、彼のその行為……『食事』の趣味からついた異名である。
数え切れない程の天使を喰らってきた、天使達にとっての天敵、それが彼だった。
「てめえは、禍々しいんだか、神々しいんだか解らない変な力の波長をしているからな……まさか、食中りなんかしねえだろうな?」
ダルク・ハーケンの右手がタナトスの左胸に触れる。
そして、法衣を破こうとした瞬間だった。
彼の右腕が肘の部分からバッサリと切り落とされたのは……。



「ああっ!? てめえ!」
ダルク・ハーケンの対応は速かった。
とっさにギターで、『第二撃』を受け止める。
「…………」
ダルク・ハーケンの右腕を切り落とし、今また彼を真っ二つに切り裂こうとしていたのはタナトスの魂殺鎌だった。
「ちっ! 手加減しすぎたかよ?」
「…………」
タナトスは何も答えない。
ただ無言で魂殺鎌に力を込め、ギターを押し切ろうとしていた。
「図に乗っているんじゃねえよっ!」
不意にタナトスは首を僅かに横にずらす。
その横を切り落とされたはずのダルク・ハーケンの右手が通過していった。
「けっ、相変わらず異常にいいカンしてやがる」
ダルク・ハーケンの右手は、彼の右腕から伸びた鎖に引き寄せられ、元通りに切断面と接合すると、それを固定するように鎖が右腕全体を雁字搦めにする。
「おら、いつまでくっついてやがる!?  離れなっ!」
ダルク・ハーケンの右手から青白い電光が放出された。
だが、タナトスはそのことが事前に解っていたかのように、すでに後方に飛び退いている。
「てめえ……本当に予知能力者か何かか?」
この死神の少女はスピードが速いんじゃない。
行動の開始が異常に速い……つまり、フライングしているのだ。
「……もういいか」
ダルク・ハーケンの右腕を雁字搦めにしていた鎖が外れ落ちた。
ダルク・ハーケンは肘や手首を動かしてみる、彼の右腕には切断面に傷跡すら残っておらず、完璧に再生されている。
「おらおらっ!」
ダルク・ハーケンはギターを大斧のように両手で持ち直すと、タナトスに乱暴に叩きつけてきた。
タナトスはその一撃をかわすと同時に、ダルク・ハーケンの手首を切り落とそうとする。
「ちっ!」
ダルク・ハーケンは迷うことなくギターを捨てると、左手の爪で、魂殺鎌の一撃を受け止めた。
「ヒャハッ!」
魂殺鎌の動きを止めた一瞬の勝機を逃さず、ダルク・ハーケンは右手の爪でタナトスを貫こうと突き出す。
「…………」
タナトスは、突き出された爪を右足で蹴り飛ばすようにして受け止めた。
「ちっ!」
「……!」
ダルク・ハーケンとタナトスはまったく同時に弾けるように後方に跳び、互いに間合いを取り直す。
ギターが、先程まで二人が居た場所、今は二人の間合いの中心地にポツンと取り残されていた。
「……たく、ムカつく程強えじゃねえか……解ったよ、悪魔の演奏会(コンサート)は終わりだ。ここからは……殺戮の独奏会(リサイタル)だ!」
ダルク・ハーケンは右手と左手を胸の前で上下に近づけていく。
掌と掌の間に反発するように青白い電光が生まれていった。
「……エレクトリックパレード!」
ダルク・ハーケンの突きだした両手から、青い電光が凄まじい勢いで吐き出される。
「…………!」
タナトスは魂殺鎌を全力で振り下ろし、その衝撃波と風圧で電光を掻き消す。
「はっ! そうくることは先刻承知だぜっ!」
ダルク・ハーケンの両手の袖口から金属製の釘(ハーケン)が飛び出し、タナトスに襲いかかった。
タナトスは飛来する二つの釘を魂殺鎌で切り払う。
しかし、弾かれた釘はダルク・ハーケンの袖口の中から伸びる金属のような光沢を放つザイル(綱)で繋がっており、彼が僅かに両手首を動かしたかと思うと、再び左右からタナトスに襲いかかった。
タナトスは再び、釘を叩き落とそうとするが、釘はまるで生きた蛇のように蠢き、魂殺鎌に絡み付く。
「…………!」
タナトスに魂殺鎌を離す隙もあたえずに、ザイルはタナトスの体中にもいやらしく絡み付き、先端の釘は彼女の両肩に深々と突き刺さった。
「フォーリングアンカー!」
ザイルを伝い青い電撃がタナトスの体に走る。
ダルク・ハーケンは、青い電光の発光体と化したタナトスを床に、壁に、天井に滅茶苦茶に叩きつけ続けた。
「ヒャハハハハハハハハッ! 一度喰らいついたら最後、てめえがくたばるまで絶対に離れないぜっ! ほらほら、もっと痺れて、弾けなっ!」
タナトスはフレイルやモーニングスターの鉄球のように、デタラメに乱暴に振り回され続けている。
その間も休むことなく、青い電流がタナトスを灼き殺そうと迸り続けていた。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ヒャ……アッ?」
突然、高速で回転する魂殺鎌がダルク・ハーケンの目前に出現する。
ダルク・ハーケンは反射的に横に逃れ、脳天に突き刺さるところだった魂殺鎌を、左肩に突き刺さるだけのダメージにおさめた。
「っ……ああん?」
いつのまにか、ダルク・ハーケンの両手の袖口から伸びるザイルの先が切断され、タナトスが姿を消している。
「っん!?」
ダルク・ハーケンは背後に僅かな気配を感じると同時に、前方に転がるように逃れた。
素早く立ち上がり、背後を確認すると、先程までダルク・ハーケンが居た場所に黒銀の一対のナイフを両手で持ったタナトスが立っている。
「たく、しぶと過ぎてムカつく女だな……てめえはよ……」
ダルク・ハーケンはうんざりとしたような表情を浮かべた。
ダルク・ハーケンは丁度床に転がっていたギターを蹴り上げる。
浮かび上がったギターは共鳴箱の部分が、ダルク・ハーケンの左手にピタリと張りついた。
「ほら……返すぜっ!」
ダルク・ハーケンは右手で、左肩に突き刺さっていた魂殺鎌を引き抜くと同時にタナトスに投げつける。
「…………」
タナトスは右手のナイフで飛んできた魂殺鎌をあっさりと叩き落とし、地面に突き刺させた。
「ああ……なるほどな、どうもおかしいと思ったら……てめえ、とっくの昔に意識が飛んでやがるな……」
いつからだ? フォーリングエレクトリッカー? いや、恐らくエレクトリックバンカーで気絶させた時からに違いない。
あの後、タナトスは意識を取り戻したのではなく、ただダルク・ハーケンの害意に反応し、無意識に反撃を開始したのだ。
「戦闘本能? 防衛本能? なんて言ったか、そういうの……まあ、どうでもいいぜ。すでに気を失っているなら、いくら電撃を叩きつけても気を失わないわけだぜ……」
ダルク・ハーケンの両手の袖口から新しい金属の釘が飛び出す。
ダルク・ハーケンは釘を、タナトスの黒銀のナイフと同じように、両手でそれぞれ握った。
「てめえの顔はいい加減見飽きたぜ! もう喰う時のことなんて考えねぇ……遠慮なく消し飛びなっ!」
二本の釘の先端から、勢いよく青き電光が噴き出し、雷でできた(エレクトリック)サーベルと化す。
ダルク・ハーケンは一足でタナトスとの間合いを詰めると、二振りの電のサーベルで斬りかかった。
「ヒャハハハハハハハハハ!」
「………………」
ダルク・ハーケンのサーベルの攻撃はまさに電光石火の早技。
だが、タナトスは二振りの黒銀のナイフで的確にサーベルを弾き続けていた。
「意識が無い時の方が強えってのがふざけているんだよ!」
ダルク・ハーケンのサーベルを振るう速度がさらに増していく。
「ヒャハハハ……ヒャッ!?」
唐突に、ダルク・ハーケンがサーベルを振るう手を止めて、上空に跳ね上がった。
直後、魂殺鎌がダルク・ハーケンが先程までいた空間を貫いて、タナトスの左手に吸い込まれるように握られる。
「……!」
「痺れなっ!」
タナトスが右手に持っていた一対の黒銀のナイフを投げつけるのと、ダルク・ハーケンがギターから電撃を撃ち出したのはまったくの同時だった。
鎖で繋がれた二振りの黒銀のナイフに中空で、青い電撃が直撃する。
タナトスの上空で青い電撃が閃光のように弾けた。
「どこを見てやがる!」
タナトスの視線が上空でのナイフと電撃の激突の閃光に向いていた隙に、ダルク・ハーケンは地上に降りており、彼女の懐に飛び込んでくる。
「エンハンス……」
「……」
タナトスが大鎌を一閃するよりも一瞬速く、ダルク・ハーケンは左手に装着していたギターの先端を彼女の腹部に突き立て持ち上げた。
「エレクトリックバンカー!」
前とは比べものにならない電気の杭の爆発が、タナトスを空高く打ち上げる。
「今度こそ、奈落の底に堕ちな……」
打ち上げられていくタナトスの先に、ギターを振りかぶったダルク・ハーケンが待ち構えていた。
大斧か、大槌のように振り上げられたギターの共鳴箱に今までで最大の青き電撃が宿る。
「エクリプスエクスキュージョン!」
ダルク・ハーケンは迷わずギターを、タナトスの顔面に叩きつけた。










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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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